SEO対策:痴呆 介護 ボケ
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ばあちゃんは、ボケてから周りの人に対し

「わたしは働いたことがないので、世間知らず」だとよく言うようになった
「働きに出る前に結婚してしまって・・・」と、何度も何度も人に話す
挙句の果てに、ヘルパーさんに対して「あなたは働いていて、いいわね」ときたもんだ
まったく失礼極まりない、好きで働いている人なんてそんなにいるもんじゃない

でも、そう言うということは、働きたかった? つまり、したくもない結婚をさせられたということ??多分そうなのだろう、人生の分岐点に疑問を持っているというのが心の底の本音なのだろう

ということは、その後おやじと過ごしてきた日々は、その疑問を払拭してはいないということ?
まじめに考えれば悲しいことだ。おやじにあの世で会っても、こんなことは口が裂けても言えない。おやじ自身、自分の本当に行きたい道を捻じ曲げて築いてきた家庭の結末が。。と、つい男として熱くなってしまう

ロジカルに思考しているわけではないことに注意しつつも、ある種の落胆を隠し切れない
だって、この私はその疑問から生まれてきたのだから・・・

冷静に、冷静に、、

ボケ老人のたわごとの言葉尻を捕らえてごちゃごちゃ言っているわけではない
ここに、ある種自立していない人間の影を垣間見た、そんな気がするだけ


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先日ある人からこんな話を聞いた

サラリーマンの草野球チームほどマナーが悪いような気がする

その人は、社会人になってから地元の草野球チームに入ったらしいが、企業がらみのチームと試合をするたびにそう思うと言う。常識的な野次ならいざ知らず、罵倒というか個人攻撃というか挙句の果てにはクロスプレーでつばを吐くなど、おおよそ大人の行為とは思えないことをいかにもサラリーマン組織の一員らしい人がするというのだ

これは、たまたまなのかもしれないが妙に頷いている自分がいた
自分たちが勝てば手段を選ばない、地位があるのだから何をしてもいい。自分たちさえ面白ければ・・・
今の日本のサラリーマン事情の鏡のようなお話

彼の属したチームは、野球好きの気のいい仲間が集ういい雰囲気のチームで、そのような挑発には一切のらないのだという。でも、ふつうは怒るでしょう

そこには深く恐ろしい理由が・・・

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自分がボケることの恐怖と戦っているボケ老人のことを思うと悲しくなる

前にも書いたが、人は自分がボケたことを一生認めない、というか理解できないだろうと思っている。そして、ボケというのは身体的な崩壊よりも先に脳細胞の崩壊が起こる自然な現象だとも思っている。もちろんこれは、老人のボケに限定される話としてだが

「ボケ予防」

世の中にはこんな面白い言葉がある。そしてそれは、それなりに人々の心をつかんで商売にもなる。そりゃそうだ、誰しもボケたくない
どういう意味か詳細は知らないが、要するに肉体的な崩壊と脳細胞の崩壊のタイミングを合わせるということだろうと思う。説明的には、脳細胞の寿命を延ばすということか?
世の中健康ブームだから肉体的な寿命が延びる(伸ばしたいと思う)から、双方のおいかけっこか??

でも、ボケは生きてりゃいつか来る。そう考えればやることは違うと思う。いつか来る・・・そう「地震」みたいなもの、歴史的にいつか絶対に来る。ただ、それに遭遇するかどうかは時の運

「地震」に対しては「予知」こそすれ「予防」を唱えることはまだない(少なくとも科学的には)。我々庶民にできることは「対策」、これはごく自然な思考として受け入れられる。地震が起きた時どうなる?そしてどうする?ということ
では、なぜボケに対してはそんな無謀な思考が先行してしまうのであろう。それはある種のタブーなのか潜在的な恐怖なのか

だいたい「ボケ」と「地震」を一緒にすること自体屁理屈ですよね

でも、ばあちゃん見てると悲しくなる・・・

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ばあちゃんの感情の動きは気まぐれ

朝怒ってても、午後はケロッとして穏やかだったり
同じことを言っても、時々で反応が違う

本当はどう思っているんだろう?

記憶と感情?

死ぬとどうなるなかな??

そんなことわからない!・・・でも、少し考えてみるのもいいかも

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