SEO対策:痴呆 介護 ボケ
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母親の様子がおかしくなったのは、私が単身赴任をはじめて半年ほどたった頃であった。単身赴任といっても、週末に帰ることができる距離ではない。事実上手も足もでない、ここは海外。よって、そのめんどうは妻に全てをやってもらうしかない

夫にとってこれほどいい環境はない、誰にも後ろ指を刺されることなく親の介護を妻に任せられる大義名分を持っているのだから

その分、妻は不幸である。毎週帰ってきて一緒にやってとも言えずに、ただただ一人この現実に納得せざるを得ない状況に立たされたわけだから


はて、さて、どうするか?

大義名分をいかんなく発揮して、お気楽亭主を決め込むのもよし!

でも・・・その末路は、比較的容易に想像がつきますよね(笑)

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われわれのケースは幸か不幸か、まだ条件はいい

・インターネットが問題なく使える環境
・時差が生活時間帯の許容範囲

ということで、何もできないがせめて一緒に考えて行こうと思った次第です。そして、現場で苦労する妻とそれを聞き頭で考える夫との二人三脚による介護がはじまることになります。

もちろん、現場が大変なのは十分承知しています

でも、現場から離れていると逆に状況がみえて、何より負目があるからか優しくなれます。これはとても不思議な現象で、16年夫婦をしていますがはじめての感覚です。
そんなこんなで、自分は母親の介護の基本スタンスをこう考えるようになりました。

■ボケは治るものではない

おかしくなった身内を心配して、元に戻って欲しいと思うのは人として当然のこと。でもそんなことを考えていたら日々戸惑うばかりである。先には進行しかない。老いるということをできるだけ正確に理解し、先々起こるであろうことへの対応をまず考える。
外野はボケの初期段階に現れ、進行とともに消えていく。

■できるだけ楽な方法を考えよう

優先順位ははっきりしている
大切なのは自分たちの人生。人として、ばあちゃんの余命を全うさせてあげるのが唯一の任務で、思い入れや思い込みに左右されず利用できるものはとことん利用する。
人が語るような理想的な介護なんてできないことを知る。そして、そんなことを目指さないことがこの目的には必要だと思う。
疲れたら休めばいいと思う。だから、どうしたら休めるかを考える

■すべての責任は血縁者である夫にある

自分の実母の介護であるから、そのすべては自分の責任で行う。よって妻には責任はない。「知らなかった・・・」は通用しない。
そうでなければ、やってられないですよね。
こういう問題は得てして親族の亀裂を生む。現にわがやも・・・


こう言ってしまうと、いろいろ異論もあるかと思います。
でも、これはわれわれのケースであり100の事例には100の考え方があって当然だと思います。

ただ人道的な介護の話であるがゆえ、考え方で救われる部分があるような気がします。もしご参考になるようであればこれからの行く末を見守っていただければと思います
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2009/11/02(月) 11:19 | | #[ 編集]
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